どっちを選んでも納得できるから、別に後悔する必要はない

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人生は選択の連続。



もうこれでもか!っていうぐらい選択をしながら、
僕たちは日々を生きていますよね。


今日の晩飯なににしようかな?

という日常の選択から、

高校はどこにしようかな?

という人生が変わってしまう大きな選択まで、
幅広い選択をしながら生きていますよね。


今までの選択を振り返ってどうでしょうか。

これで良かった!と思える選択だったのか、
それとも、やっちまった!と後悔するような選択だったのか。


あなたが今までの選択をどう思っているのかは、
僕に知る由はないですが、これからの選択を
後悔させないようにする自信はあります。


そんなことを言うぐらいですから、
もちろん僕はまったく後悔していないです。


これには2つの理由があるわけですが、
今からその理由について書いていきます。

1.なんだかんだ言って過去だ。

残念ながら、僕たちが生きているこの時代じゃ、
タイムマシンもなけりゃ、ドラえもんもいないので、
どうあがいたって、過去には行けません。


あたりまえの話ですが、
過去を思い出し、わずらったところで、
自分が過去に行った選択が変わるわけではないですよね。


僕にだって、枕に顔をうずめて、
足をバタバタさせたくなるような
後悔するような過去があります。


無駄に思い出すこともしないですし、
仮にふと思い出しても、

まぁそんなこともあったね。
若気の至りだね。しょうがないね。

と、もはや他人事です。


他の記事でも言ってますが、
過去を思い出すことによって、
そこに思考のエネルギーを使っていますよね。


脳もタダで物を考えているわけではなく、
ちゃんとカロリーを消費して、考えているので、
マジにエネルギーを使っているのです。


で、考えすぎると、もちろん脳も疲れます。
考えなくてもいい過去によって、
脳を酷使するのはかわいそうだし、
エネルギーがもったいないじゃないですか。


まず、なぜ後悔するのかと言うと、
その選択肢によって自分が”損”したと
感じるからですよね。

だったらそこに対する
自分の価値観を少し変えてあげればいいのです。


例えば、

自分が大学生だったとして、バイトをしようと思いました。


二つのバイトがあって、どちらか片方を選ぶとしましょう。


悩んだ末に、選んだバイトは、
上司が高圧的だし、仕事内容もきつかった!


普通なら、チクショウ!
もう片方に行ってればこんなことには
ならなかったのに!

と自分の選択に後悔するかもしれません。


しかし、一見損したと思われるこの選択ですが、
見方を変えれば、後悔するような選択でないことが
分かります。

高圧的な上司
⇒世の中には、こんな人もいるんだと、
 社会の一端を垣間見ることができたという学び

仕事内容がきつい
⇒ここである程度慣れれば、
 次なるバイトがちょろく感じることが
 できるかもしれない。


もしくは、今回のバイト選びは失敗だったと反省して、
次、バイトを選ぶときに新しい考慮する点を考える。
(求人情報と実際の現場は差異が必ずある とか。)


と言った感じに、いくらでも、
過去の選択を糧に次に生かすことができますよね。

一番は考えないようにするのがいいと思いますが、
どうしても、過去の選択を後悔してしまう!ということであれば、

過去をどうあがいても変えられないけど、
その過去に対する自分のあり方は変えられます。


2.どっちを選択しても、大丈夫なように人間できてる。

人間は元々、自分が選んだものに
納得できる力が備わっています。


もっと言うと、

自分が選んだものなら、そこに理由づけして、
自分の選択を正当化する力がある

ということです。

これも以前の記事で書きましたが、
人間には、認知的不協和を埋めようとする働きが
あるからですね。
参考:【なんとなく気分が乗らない、テンションが上がらないときの対処法

認知的不協和を簡単に説明すると、
自分の行動と、自分に認識に矛盾が生じた時の
気持ち悪さのことを指します。


認知的不協和を埋める例として、
イソップ寓話の一つに
「すっぱいぶどう」という話があります。

ざっくりしたあらすじを話すと、

キツネがすげえおいしそうなぶどうが
実っている木を発見します。

もちろんキツネは採ろうとして、何回もジャンプしますが、
キツネではどうしても届かない位置にぶどうがあり、
とうとうキツネは

「へッ!どうせこのぶどうすっぱいんだろ!
 いらねーよ!バーカ!」

みたいな捨て台詞を吐いてどっか行ってしまう。


という話なんですが、この話だと、

キツネの最初の認識は

おいしそうなぶどうが実っているから食べよう。
     
ということですよね。
で、これに対するキツネの行動は、

食べたいからぶどうを採る。

ということなので、
認識に対して、行動が矛盾していないので、
認知的不協和は起きていないわけです。


しかし、いかんせん、ぶどうが高いところにあり、
キツネではどうしても採れない。
そうすると、

このおいしそうなぶどうに対して、自分が届かない。
つまり、食べることができない。

ということになってしまいます。
キツネの認識では、

おいしそうなぶどう=食べるつもりだった。

となっているので、
食べようと思っていたものが
食べれなくなったという矛盾が生じ、
認知的不協和が発生してしまうのです。


そして、その食べたいのに食べれない。
という矛盾を解消するために、
キツネは自分の認識を

おいしそうなぶどうが実っている

から

すっぱくてまずいぶどうが実っている

に変えることで、

じゃあ、やっぱ食べなくて良かったわ~。
となり、採れなかった自分を正当化することで、
行動の矛盾を解消することができます。


人間誰しもこういう面があるし、
決してそれは悪い事ではなく、
幸せに生きるために必要なんです。


誰でも自分が行った選択が間違っているなんて
思いたくないですもんね。


だからこそ、別にどんな選択をしたって、
いくらでも正当化できるし、反対の選択肢のあらを
探せばいくらでもでてくるのです。


なので、選択肢を選ぶときは、悩んで決めるのはいいですが、
決めた後は適当に正当化していけばいいので、
そこまで思い悩む必要はないってことです。


まとめ

今回、結局僕が何を言いたかったのかと言うと、

1.過去は思い出したところで、
  自分の行った選択が変わるわけではないので、
  エネルギーの無駄

2.自分が選択したことなら、
  それをいくらでも正当化できるので、
  別にどう転ぼうが極論大丈夫。


この2点抑えておけばいいです。


前回の記事で言っているように、

幸せな人生は脳内の快楽物質をいかに出すか

と僕は考えているので、

どんな選択をするのであれ、
都合よく考えていけばいいのです。

人間には元々そうする力が備わっているのですから、
どんな選択をしようと幸せになれる。

というのが僕の結論です。


それでは。

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ナオトノーマルキャンセラー
高卒で鹿児島から上京。東京の会社に就職するが通勤中、
毎日会社が爆発する妄想していたら、
いつの間にか辞めていた。(会社が爆発したわけじゃない)

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普通とは少しズレている可能性のある男。
行動指針はよりおもしろい方へ。つまらないことが何よりも嫌い。

日本をもう少しだけおもしろくするために、
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